了源寺の亀石

船橋に了源寺という戦国時代に建立された歴史あるお寺があります。そのため寺には蜀山人の書画や、鐘を鳴らすために使われた和時計『自鳴鐘』など、文化財がいくつかあります。
寺を訪れますと山門をくぐってすぐ左手の梅の樹の下に、一つの亀の像を見ることができます。亀に祈れば寿命が伸びると昔は言われたそうです。その亀にどんな由来があるでしょうか。
昔、宝海という僧がいました。彼は、他の寺での勤めを終え、自分の生家である了源寺に隠居しました。宝海は朝夕阿弥陀さまにお経を唱えていました。そうすると寺の池から亀が現れ、お経を唱えている間中、一緒にじっといたといいます。宝海が亡くなると亀は消えてしまいました。その話を聞いた石彫家である才次郎良正が、石の亀を奉納したといいます。
この亀は去ってしまいましたが、お経の功徳転じるという話は多く残っています。動物は仏教では畜生と呼ばれ、業が深い魂が動物に生まれ変わるとされています。お経を読んだり、それを聞くことで業が減る、または消えるとされているのです。そうすると業が減り、次回は人間に生まれ変わるといいます。

滋賀県にはこんな話が伝わっています。ある寺で住職が黒い犬を飼っていました。犬は賢く、住職はわが子のようにいつくしみ育てました。しかし、犬は病気になって死んでしまいました。死ぬ間際に住職はお経の文句を書いた紙を小さくたたんで犬の手の中に握らせ、「必ず必ず人間の子供に生まれてこいよ」と言い聞かせた。その後、遠い村で男の子が生まれたが、片手の握りこぶしの中にお経の書かれた紙を握っていたと言うものです。

では、その亀も人に転じたのでしょうか?。実は亀が人に転じる話の原形は、万葉集や日本書紀の頃からあります。それが変形したとされる話をみなさんはきっとご存知だと思います。その話とは浦島太郎なのです。
日本書紀には浦島さんが船に乗って釣りをしていると亀がひっかかり、たちまち女の人に変わった。浦島さんは感動して彼女を奥さんにした。そして二人は海に入り、蓬莱国に至って仙人たちと共に暮らしたという記述を見る事ができます。それに鶴女房の恩返しパターンが加わり浦島太郎になったのです。
浦島太郎は最後は年をとってしまいます。しかし、竜宮に留まれば、また箱を開けなければ不老だったかもしれません。そんな亀の長寿のイメージが最近まで残って亀石に祈るところにつながったのかもしれません。